(26)村人Dは食事を変える。
村人Dは食事がテキトーです。
野菜は好きだけど値段が高いし切ったりちぎったりと用意するのが面倒なのであまり食べません。
もっぱら焼けばOKな肉類、パックに入った刺身寿司(パックも捨てればいいのでラク)、茹でればいいうどん(具なし)、インスタントラーメン、納豆とご飯など簡単なものを好んで食べます。
実家暮らしなので夕飯は家族が用意しますが一人暮らしの時もしくは留守番の時は本当にテキトーです。
食事は生活において重要です。体を作る要素は全て食べ物から得ます。体の健康は心の健康につながっています。
何も毎食張り切って栄養バランスの取れた理想的な食事をする必要はありません。
面倒だからといって栄養が偏ると、余計に元気がなくなり、さらに食事の用意が面倒になり、さらに元気がなくなる・・・。負のループです。
最初は一週間のうちに夕飯を除いて3回はバランスの取れた食生活をすると少しずつ変わっていくのかもしれません。
特に朝ご飯は重要です。
村人Dは起きて10秒でハンバーグを食べられるくらいには朝ごはんが食べられます。
むしろ用意してあれば朝ごはんが一番食べます。面倒というだけで毎朝ヨーグルトのみで過ごしていますが。
朝食、朝食を改善しましょう。
面倒ですが。
いずれ面倒に思わなくなるくらい元気になるように。
まあ、面倒ですが。
(25)村人Dは依存している。
村人Dは上手く眠れません。
寒い冬はもちろん、夏も、春も、秋も、1年中を通して熟睡していません。
寝つきが悪い、中途覚醒はありませんが、如何せん眠り自体が浅いのです。
村人Dは限界が来た時に長い昼寝をします。そこでぐっすり寝て一時的に凌いでいます。大体月に1回くらいでしょうか。
熟睡できない理由はたくさんありますが、一つは地震への恐怖感があります。
村人Dは九州に住んでいます。数年前、夜中1時に起きた熊本地震。その後の余震、なぜか呼応するように揺れ出す豊後水道。一週間はまともに眠れませんでした。
ここ最近は落ち着いていますが、村人Dの住む地域に地震が起こるのは決まって夜中なのです。
震度3でも夜中ならとても怖く感じます。
いつも緊張しているのです。
頻繁に金縛りもあります。幽霊みたいな幻覚は見えませんが、とにかく体が何かに押しつぶされている感覚が続き、息苦しくなります。その金縛りが怖くて眠れません。
あと顕著なのはスマホ依存。もう睡眠が浅い理由の9割はこれが占めているでしょう。
ぶっちゃけ地震や金縛りはおまけ程度です。
スマホ。どこでもインターネットに繋げてなんでも調べられる人類の英知の結晶。
楽しいコンテンツがたくさん。特に鬱がひどい時には横になっても遊べる万能装置。
ありがとうスティーブジョブズ。毎年新しいiphoneが出るけど違いがわからん。あといい加減LightningからUSB -typeCにしてくれ。でも天才のそのまた上位しか集まってないApple社員がそれをしないのは何か理由があるんだろうなあ。
横道にずれた。
村人Dはとにかくスマホに依存しています。
スマホは目を疲れさせます。脳疲労も起こします。姿勢が悪くなります。いいことはありません。
しかしこの娯楽がやめられないのです。
流石にお風呂にまで持っていってはいませんが。
村人Dは少しずつスマホの時間を減らすことにしました。
1日の計画を立て、ぼーっと「何しよっかなあ」という時間を減らすのです。
やるべきことがたくさんあります。やるべきことを集中してやって、少しスマホを楽しむ。そうです。スマホは元々依存するためのものではありません。
村人Dは、まずはスクリーンタイムという機能で使用時間を見て日に日に少なくするようにしてみようと思っています。
「あれ、スマホ家に忘れてきた。」という「うっかり」ができるようになるといいですね。
(24)村人Dは勇者が嫌い。
村人Dは勇者のことが嫌いです。
長い長い旅をしてても元気で、背中を預けられる信頼する仲間がいて、それなりに偉い人との人脈もあって、見ず知らずの他人に話しかけるコミュニケーション力もあって、そして怖い洞窟にも臆せず入り、恐ろしい魔物と戦って勝利し、目的のためにまた去っていく・・・。かと思いきやいきなり現れるも住民は歓迎・・・。
全て嫉妬なのはわかっています。
けど、村人Dにとって勇者の存在は気に食わないのです。
村人Dには勇者は楽して、元々、生まれつきで、運が良くて、そんなかっこいい人になっていると思っています。
しかし本当に勇者は生まれつき勇者なのでしょうか。
いいえ。むしろ苦悩と葛藤しかない日々なのかもしれません。
人とのコミュニケーションが苦手で、住民に話しかける時も冷や汗をかいているのかもしれません。
実際は利害が合致しているだけで、仲間と思っていないのかもしれません。
人の内面は見れません。普通に振る舞っていても、見えない苦悩と葛藤を内面に抱えているのです。特に、かっこいい、すごい、天才、と賞賛される人ほど謙虚に自分のことを客観視しています。そして人の何倍も努力しています。人の何倍も勉強しています。
村人Dは「陰の努力」に気づくべきです。
地道で、単調で、泥臭い。
全て持って生まれるわけではないのです。
皆努力しているのです。
何もしてませんみたいな顔で努力しているのです。
村人Dも、陰である必要はないですが、何かに打ち込み努力した経験を得ると、勇者を見る目が変わるのでしょうか。
皆、必死に生きているのです。
(23)村人Dは挑戦する。
村人Dはいつも立ち止まっています。
一歩が踏み出せないのです。
村人Dは何かに迷っています。
そして時が流れて全て手遅れ、何もしなかったことを後悔するのです。
村人Dは頭で考えすぎてしまいます。
まだ始まってないことの、挑戦すらしていない状態で終わった後のことを考えるのです。
そして何も挑戦しないのです。
行動しないのです。
現状を変えたいと思っているのに。
そんな村人Dは、迷いながらも挑戦することにしました。
まだ確固たる決意はありません。というより、今まで最初から気負いすぎて挑戦できなかったので、逆に何も考えず突き進むことにしたのです。
快挙です。
まだ迷っています。村人Dは完璧主義です。人生で失敗したくないのです。
だから失敗した後のことを考えて気持ちが暗くなり、結局何もしなかったのです。
村人Dに言うとしたら、「ごちゃごちゃ考えずにやれ。」です。
やったら結果がついてきます。失敗しても成功しても、必ず結果が出ます。
何もしなければ失敗して傷つくこともありませんが、成功の喜びは得られません。
「人生を24時間に置き換えてみる」というサイトがあります。
私は27歳。もう人間としては成熟しているのかと思いきや
「午前7時32分」
朝やないかい。
まだ目覚めてるかも怪しい時間。
そうです。まだ目覚めていないのです。
長い1日が始まります。
でも、何度でも挑戦できる時間があります。
今から諦めてしまうのは嫌だ、と村人Dは感じています。
迷いながら、本当にこれでいいのか自問自答しながら、でも挑戦するという意志だけは持って、村人Dは挑戦することにしました。
(22)村人Dは疲れた。
村人Dはいつも疲れています。
エネルギーが全然ありません。
いつもぼーっとしています。
意識が別世界に飛んでいることも多々あります。
シャキッとしたい。
でもなぜか頭がパッとしない。
苦しい。
体がだるい。
村人Dはなんだか、人生にも疲れてきました。
(21)村人Dは宗教について思うことがある。
村人Dは宗教が苦手です。
身近には色々な宗教の信者(主にクリスチャン)がたくさんいるのですが、受け付けません。
「宗教なんて絶対嫌!胡散臭い!!」という激烈な無宗教ではないのですが、心のどこかで拒絶しています。
村人Dは「神」や「仏」を信じていません。
いえ、信じていないというより「頼むから存在しないでくれ」と思っています。
「世界は神が作った。」(て言ってたような気がする)
はあ?
こんな理不尽で欠陥だらけの世界しか作れないのかよ?
そんな感じです。
神が存在したら助走つけて腹パンをお見舞いします。
これは宗教上の話か、何かしらの言い伝えやドラマのセリフなのかはわかりませんが、
「神は超えられる試練しか与えない」(って感じの言葉があった気がする)
いらねーーーーーーーーーーよそんなん返品するわ。クーリングオフだわ。むしろリコールしろ。
「死後は仏の元に行く」(とか言ってた気がする)
はあ?
死んでも何かしらの世界があって、なおかつ意識があるのかよ?
「三途の川を渡る」
面倒臭えなあ。
仏、お前が来いよ。
そんな感じです。
死生観において村人Dの立場は「無」です。
意識がなくなりブラックアウト。完。
よって村人Dに何かしらの宗教に入る必要性がないのです。
もしかしたら「死んだら無」という宗教があるのかもしれませんが、今のところ聞いたことがありません。別にあったからといって何をするわけでもないのですが。
そんな村人Dはなぜか神話で有名な町に住んでいます。
もちろん学校教育で死ぬほど聞かされます。
村人Dはそれでも「はあ?」という立場を崩しませんでした。
学校で浮いていましたが、神話を信じて熱い講演をするツルツルのお年寄りに向かって「神を信じるよりお前の髪をどうにかしろよ」とさえ思っていました。だいぶ尖った子供です。失礼極まりない。
結構特殊な宗教観です。
よって宗教が根強い家系に馴染めませんでした。
孤独感さえ感じていました。「神様を信じれないなんて恵まれているのね」という嫌味も母親から浴びせられました。孤独感と同時に「神なんかに縋ってないと生きられないのかよ」と反発していました。
全て村人Dの考えです。
全て、全て村人Dの考えです。
しかし人の意見に流されやすい村人Dが確固たる考えを持っていることの一つは、己の宗教観です。
何度も言います。
全て村人Dの考えです。
誰かに押し付ける気はありません。
この特殊な宗教観を抱えたまま生きていくのが辛くなったのです。
心だけでは抱えきれなくなったのです。
だから村人Dは書き起こすことにしました。
なんとなくすっきりした村人D。
もう、もやもやと考え続ける必要はなさそうです。
あ、嫌な宗教の勧誘は「入るからお金かして」というと大体帰ります。
何言われても「1万でいいから今すぐお金かして」で帰ります。
蛇足ですね。
(20)村人Dは終わるのが怖い。
村人Dは旅が好きです。
日本も、海外も、行ってみたいところがたくさんあります。
たとえば、日本だと北海道、沖縄など主要な地域から秘境まで、海外だとエジプトやギリシャ、「どこ?」と言われるバルト三国など世界各国を巡りたいのです。
でも村人Dは好きなのは計画を練っている時です。
何時に駅に行って、何時の飛行機に乗って、機内ではこの漫画を読んで、、、、
計画を練るのは非常に楽しいのです。
しかしいざ当日になるとワクワクすると同時に億劫になります。
旅が終わってしまう時のことを考えてしまうのです。
その時、村人Dの意識は既に未来にあります。
今からが始まりなのに。
大好きな歌手のコンサートに行っても座席についたとたんに終わった後を考えて寂しくなります。
少しは楽しめはします。しかし心から楽しんではいません。
だから、村人Dは旅行に行っても記憶が朧げです。
何をしたかは覚えていても、詳細は覚えていません。何を食べて、「どう感じた」かまでは記憶にないのです。
村人Dは今を生きていません。
昨日の記事と内容が重複しますが、「今」が大切です。
時間は流れます。どうやったって止めることはできません。
「今」どうしたいのか
「今」何が好きなのか
飽きたって投げ出したって構いません。
大事なのは「今」なのです。
人生に保証なんてありません。
将来の不安を考えたって、その通りになる保証はないのです。
「今」、あなたは何を考えていますか、
「今」、あなたは何を感じていますか、
「今」、あなたは何がしたいですか。